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きばやん日記

kibayan.exblog.jp

宝塚市在住のJAZZピアニスト、作曲家です。関西を拠点に全国各地で演奏しています。カメラが好きなので写真中心のブログです。大学でJAZZを教えています。レッスンはHPよりご連絡下さい。

「希望があるところには試練がある」

3巻目が出たので、
ちょうど1年前に買った
「1Q84」を読み返してます。

本を読みだすと、いつものことだけど
なんにも手がつかないなぁ・・。


宮本輝の本が昔とても好きで
ほとんど全部読みました。

いまでも記憶に残っているのは
「星々の悲しみ」


村上春樹さんの本は
とても 精神的な部分で「本質的」で、
でも、ある意味常に形而上的なので
主人公が食べるものに困ることはない。
冷蔵庫にはいつも野菜や肉が入っていて、
オリーブ油は欠かせない。
人間的には「本質的」 ではない気もする。
でもそこにファンタジーがあるので、面白い。



昔 読書感想文 て宿題があったけど、
それで、メロディーを作ったり、
絵を描いたりする授業はなかった。


結局言葉はとても力を持ってるけれど、
肝心なときは、人に思うように伝わらない。


写真にも音楽にも言葉はない。
でも、たとえば、青く美しく無限に広がる空。
この「青」を様々な方法を駆使して
より鮮やかな「青」にすることは
現代の技術では簡単だ。僕でもできる。



たとえば、沖縄の紺碧の青の絵葉書セットには
曇り空で、濁った水の色の写真はない。


何が正しいかなんて、死んでもわからないと
いつも思うけど、そう考えるように遺伝子ができているので
仕方ない。

昔のJAZZのレコードは調律もおかしいし
録音技術も、もちろん現代の技術の躍進は目覚ましくて、
比べ物にならない。


でもそこには、もともとの「BLUE」が後から色を足されることなく
残っていて、派手さがないかわりに切なさは深い。



昨日生徒にエリントンの曲はやっぱりブルージーじゃないと
ダメなんですか?
と質問された。彼女は原曲を聴いたことがない。
別に構わないよ。人それぞれ解釈があるからね、と僕。
(少し無理矢理)


時代とともに「BLUE」の色合いも意味合いも違う。
ただ、情報も技術も何もかも進んで、
何もかもが前に進んでる(ように見える)今、
ファンタジーに聞こえるかもしれないけれど、
「それって ほんとうに進んでるの?」
て思ってみてもいい。
一度 なにも色を足されてないエリントンの原曲を聴いて
「BLUE」について想いを馳せてみることは
とても大事なことだよ。
と伝えるには
レッスン時間が短かすぎる。



昔のフィルムカメラでよく蛍を撮った。
長時間露光。
今の最新のデジタル1眼では無理。
ノイズが出る。
それは「電気」が通ってるから。





minolta rokkor 70-210mm

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M.ZUIKO DIGITAL 9-18mm
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by kibayan3 | 2010-06-12 02:43 | Comments(1)
Commented at 2010-06-21 21:59 x
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