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きばやん日記

kibayan.exblog.jp

宝塚市在住のJAZZピアニスト、作曲家です。関西を拠点に全国各地で演奏しています。カメラが好きなので写真中心のブログです。大学でJAZZを教えています。レッスンはHPよりご連絡下さい。

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        少しお酒が飲みたくなって、コンビニに行こうと思い玄関を出たら、
        思いのほかひんやり。肌寒いくらいの夜でした。     
        まだ時期が少し早いかなぁと家の前を流れる川を覗き込んだら、
        こんな遅くにホタルが飛んでいました

       最近クラシックを聴くことが多く、この秋に五嶋みどりさんがNHK交響楽団と共演されるという
      情報を見つけて、東京まで行って生で聴いてみたいなぁと思い、ネットで色々調べていたのですが、

     N響のホームページに  「伊藤亮太郎氏コンサートマスターに」という一文を見つけて、
            おぉーーー!と大きな声をあげてしまいました。


    今から30年前。(30年てすごいな。怖っ。) 1984年 当時小学5年生だった僕は
    全日本学生音楽コンクールの全国大会でピアノを弾くために、博多にいました。
    今やったらまずはじめに豚骨ラーメンの店を探すのですが (笑)
    もう随分昔の事なのでいろんな記憶が薄れてしまっていますが、
    まずはじめに一番覚えている事は、ピアノがカワイのフルコンで、鍵盤がとっても黄色かったこと。
    それから全国1位になったピアノの武内俊之君(今は僕の出身校洗足学園の准教授を
    なさってるみたいです)が僕より随分早いテンポでベートーベンのソナタを弾いていて、
    とても上手だったこと(僕には初めての挫折でした) それから中学生の部で1位だった
    バイオリンの諏訪内晶子さんがビックリするくらい上手だったこと。そんな中で一番記憶に
    残っているのが、同じ小学生の部(僕より一つ上だと思う)のバイオリン部門で1位になった
    伊藤亮太郎という名前でした。多分昔の記憶なので勘違いなのでは?とも思うのですが、
    確か彼は髪が長く、堂々としたバイオリンの音色を僕は多分舞台の袖で聴いていて、
    たかだか10歳の僕の耳でも、その演奏は鮮烈で素晴らしかった事を記憶してます。
    30年経っても彼の名前を覚えていて、
    今日NHK交響楽団のコンサートマスターになっていたことを知って、話したこともないのですが
    とても嬉しかったです。みんなきっと色々あったんだろうけど、音楽を辞めずに続けてたんだなって。


      僕もそうだったけれど、きっと伊藤君も武内君も諏訪内さんも思春期の淡い想い出なんかなくって
      友達とも遊んだりしなくて、毎日毎日手が痛くなるまで練習して、世間のこと全然知らなくって、
      人生の全ては音楽で。あの日同じステージに立っていたそんな仲間の演奏を30年が経った今、 
      聴ける日がきたということに深い感慨を覚えます。

      あの時の張り詰めた気持ちじゃなく
      空白の7年の悲しい気持ちじゃなく
      客席から30年ぶりに伊藤亮太郎君の
      演奏をリスナーとして聴けることを楽しみに。
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by kibayan3 | 2015-05-11 04:43 | Comments(0)